● はじめに ●

 もともとニューオーリンズには長期滞在せず、次の取材地へ向かうための中継地としてのみ考えていた。しかし、巨大ハリケーン「サンディ」の米国東部襲来が秒読みとなり、ニューヨーク発の航空便は軒並み休航することが確実視されたため、私たちは慌てて出発を早めた。その結果、2012年10月末、私たちはニューオーリンズに5泊もすることになった。

 今から10年以上も前、初めて住んだ米国の街がニューオーリンズだった。世界中の学生達と一緒に語学学校(ESL)で英語を学んだその1年間は濃厚であり、私はあの土地を第二の故郷だと感じるようになっていた。

 だから出発の日、私は大人げなく、はしゃいでいた。第二とはいえ、故郷への帰還なのだ。ニュージャージー州のラガーディア空港で搭乗が始まり、自分のシートを探して通路を移動中の時には、既にかなりの興奮状態にあった。「ハリケーン到来前に出発せねば」という妙な焦りもあった。「後続の乗客の妨げにならぬよう通路を早く空けねば」と急いでいたのも災いした。

 私の前には重たい荷物を抱える女性がいたが、私は彼女をただ追い越してしまった。その挙動が彼女の癇(かん)に障った。私が一時的に腰を下ろしたのがちょうど彼女のシートだったので、彼女は私に「シートまで取りやがった!」ときつく言った。それが近くにいた搭乗員の注意を引いた。搭乗員は彼女と私に対し「静かにしなければ本機から降りてもらう」と宣告した。事態の急転にあわてた私が「悪いのは私です」と言うと、冷酷な表情の搭乗員は今度は彼女にだけ「彼は既に謝っている。なぜ彼の謝罪を受け入れないのだ」と言い放った。

 ほんの十数秒間の出来事だった。自分のシートに腰を下ろすと彼女は泣き出した。私の嬉しい興奮は吹き飛んだ。「ハンカチがあれば今、あなたに提供するんだけど・・・」と私は言った。「ごめんなさい。すべて僕のせいです」

 ニューオーリンズへの中継地ワシントンDCに到着するまでの1時間弱、私は全能力を傾けて彼女の機嫌を取った。いちばん好きな食べ物は寿司だと言うので、日本では美味しい寿司がどれだけ安く食べられるか話した。いつかアフリカに行ってみたいと言うので、取材に同行する旧知のフォトジャーナリスト、川畑嘉文氏を会話に引き込み、ケニア市街を歩き回る野生のキリンについて話してもらった。世界各地の難民や被災者を撮る川畑氏は、アフリカでの取材経験も豊富だった。

 そして、ついに彼女に笑顔が戻った。我々がニューオーリンズに向かうことを知ると、彼女は言った。

 「あそこはとってもいいところよ。特にフードが最高なの」

 彼女が楽しげにそう言ったのだから、何よりもまず、ニューオーリンズの食べ物について紹介したい。

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