● 伝統の音楽、進行形の音楽 ●
伝統的な昔ながらのジャズが楽しみたければPreservation Hallへ行かねばならない。Pat O'brienのすぐ隣だ。くすんで劣化がひどいその外観を見ると、世界的に有名なホールにはとても見えない。打ち捨てられたボロ小屋だ。注意していなければ、気づかずに通り過ぎてしまうだろう。しかし夜の7時を過ぎると、少しずつ外に行列が延びていく。8時の演奏開始を待ちわびる観光客が並び出すのだ。
ホールのドアが開き、15ドルの入場料を払って内部に足を踏み入れても、まだボロ小屋にしか見えない。そのうち、きちんと盛装した老若混交のミュージシャンが楽器を携えて現れる。100人も入れば満杯の小さなホールで、半分以上の客が立ち見となる。バンドの姿がよく見えなくても、誰も文句を言わない。がやがや騒ぎもしない。飲食は禁止。撮影は厳禁。悪徳にまみれた雰囲気のフレンチ・クオーターにあって、まるでここだけは聖なる宗教施設のようなのだ。
そして演奏が始まると、このボロ小屋が最高の舞台装置も兼ねていることに気づく。順番に一人ずつソロを取り、最後に一斉に演奏して終わる伝統に忠実なディキシーランド・ジャズ。私たちが訪れた日、最初のセットを締めたのは「Down By The Riverside」を経てからの「When The Saints Go Marching In」だった。
もちろん、音楽が聴けるのはフレンチ・クオーターだけではない。2005年のカトリーナ被災後のニューオーリンズを題材にしたHBOのドラマ「Treme」に、こんなシーンがあったのを思い出す。安定した収入を求め、ニューオーリンズの小ホテルのコンシェルジェとなった元ラジオDJ。宿泊客から「本当の音楽を聴くにはどこに行けばいいの?」と尋ねられる。本来ならば、観光客にとって安全なフレンチ・クオーター内のクラブを紹介しなければならないところ、DJとしての良心が邪魔をし、地元の人たちしか行かないようなクラブを紹介してしまう・・・。
このシーンは、きっと現実を反映しているはずだ。私が最初にニューオーリンズに滞在した十数年前にも「フレンチ・クオーターの音楽は観光客向け」という言葉をよく耳にした。そう言う知人の一人に「本当の音楽」が聴ける場所まで案内してもらったこともあるが、その場所は残念ながらもう忘れてしまった。今でも存在しているのかどうかすら、分からない。
フレンチ・クオーター以外の場所で音楽を聴いてみたい人に、私がおすすめできるのはMaple Leaf Barだ。特に火曜日は、ニューオーリンズ有数のブラスバンド、リバース・ブラス・バンドが演奏している。本当はPreservation Hallの古典ジャズでだって踊れるし、踊るべきだとも思うのだけれど、あそこでは客はあまり踊らない。巨大な伝統を前にして、ちょっとかしこまっている雰囲気がある。年配の観光客が多いせいでもあるかもしれない。
しかし、Maple Leaf Barでは誰もが踊る。鼓膜だけでなく体全体を圧迫するあのリズムにさらされていると、自然に体が動いてしまう。いったん体が動き出せば、後は好きなように揺すり、叫べばいい。ぜひ、Maple Leaf Barに行くべきだ。ニューオーリンズの音楽と、より強く激しく一体になれるのだから。











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